負の気持ちを押し殺すことは出来ない。適切に開放しよう。

気持ちは押し殺すことはできない。適切に解放せよ。気分転換は意味がない。

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負の気持ちを抱くことがある。

ムカつく気持ち
悲しい気持ち
人を羨む気持ち

これらの感情を閉じ込めようとすると心にまずい。最後は鬱になるよという話。

■ 感情に蓋をするのは後付け。いずれ溢れてくる。

怒り、嫉妬、悲しみ。人が逃げる気持ちの代表格だ。団子三兄弟だ(もはや死語か)。これらの気持ちを抱くことはほぼ止められない。常人には不可能だ。それでは街中、オフィス、家庭、みんな感情は全開に開いているのか。それも違う。オフィスで好き勝手に気持ちを全開にしている人がいるだろうか。それはもちろん、感情的な人というのはいる。感受性が豊かな人もいる。様々だ。だが全開かどうかというとそれはできない。周りと強調する心、もしくは周りを気にする心が発動するからだ。どう思われているか、浮いていないか、変じゃないか、子供っぽいんじゃないか。いろいろなことを考えて感情に蓋をしようとする。これは大人に限ったことではない。幼稚園児でさえ、周りの雰囲気を察する力がある。しかし本当に感情に蓋ができるのか。鬱になったことのある私の実体験ではnoだ。抑えたはずの感情は消えていない。徐々に心にたまり続ける。そして心のバスタブが溢れるほどたまると何らかの問題が生じる。例えば体の変化ややる気のなさにつながる。

■  感情に蓋をする行為は善なるもの、行き過ぎないうちはね。

そもそも人を大切に思う気持ちがあるから気持ちに蓋をしない面があると思う。こういうと傷つくのではないか、子供っぽいのではないかなど、相手を思いやる気持ちがあるからこそ感情に蓋をしようとする。もしくは単なる気にしすぎかもしれない。人の目が気になる。悪化すると対人恐怖症になる。ただ、一見自己中心的な気にしすぎの性格も元はと言えば、親の期待に答えようと経験だったり、褒められたこと、人前で失敗できないといった、もともとはまじめで人を思いやる気持ちから出来上がっていると最近は考えています。行き過ぎない限りはとても素晴らしい性格がなせるわざ。人のことを全く気にしない人がいる一方、人のことを気にしすぎる人がいて心を病んでしまう。なんてあいつはデリカシーがないんだ!と気にしすぎるタイプの人間は他人に感じることが多い。それも結局は自分のストレスとなっているには皮肉なことだ。そしてその感情にまた自分で蓋をする。永遠とその繰り返し。そうすると何が自分の感情か、あとから考えたことかわからなくなる。

■ 解放の仕方は気分転換では実現できない。

それでは日々私が感じる負の気持ちはどうすれば良いのか。解消する方法はあるのか。気分転換を考えてみる。刺激的なやつだ。例えばアルコール、カラオケ、騒ぐ、はしゃぐ。これらは全部見ないようにしているだけだ。少なくとも私の場合。決してうまくいかない。その時はたのしんだつもりでも、塞いだはずの感情が気分転換をしたつもりの出来事が終わるとすぐに出てくる。これでは根本的な解決には至らない。それでは静かなタイプのリフレッシュはどうか。公園の散歩、昼寝、読書。これらも結局は同じ結果に終わることが多い。ただし、一点だけ違うのは負の感情を抱いて疲れた心を癒す効果があるといことだ。問題そのものは治せないが、疲れた心と頭を休めることはできる。積極的に休みは取り入れることが負の感情を溜め込まない最初の手段だと考える。

■ 感情を抑えるのではなく、感じる。

怒り、悲しみ、嫉妬。負の感情を抱いたときに私の対応方法はその感情を見つめるという方法だ。自分の感じている感情を認めるという行為だ。感情に蓋をする場合、その感情をあとで頭で考えて心を鎮める場合が多い。感情を見つめるという行為もそういった意味では、あとから感情を思考を紐付けしていることに変わりはない。しかし一点だけ違うのは、その感情を受け入れるという店点だけ。それだけだ。ああ、いま嫉妬したな。うーむムカついている自分がいるな。と言った具合に素直に感情を受け入れる。
そしてもっとも重要なのはそこで思考を止めること。止めなければ感情に蓋をする心の装置が作動してしまう。例えばこうだ。ムカついている自分がいるな、おれはなんて心が狭い醜いやつだ。この後半部分。ーおれはなんてみにくいやつだーとーいう部分には新たな思考が生まれている。これを止める必要がある。

■ 感情を感じるというのは初歩のステップかもと感じる今日この頃

このように感情にをうけとめることで、負の感情がたまらないように私は日々努力をしている。努力をしている時点でかなり自分と向き合う初心者かもしれない。次のステップがあるような感じが最近している。それは負の感情をもはや感じないということなのではと思う。正の感情は感じたい。楽しいこと、うれしこと、かんどうすること。これらの感情は大切にしたい。これらの感情も刺激物であると説く人もいるが、私はそこまでの境地には到底達せない気がする。次のステップがあるかもしれないと思いつつ、日々負の感情を感じてしまう。その気持ちに蓋をせずに受け止める努力をしている。受け止めた気持ちに新たな気持ちがひもづけされないように努力している。これが今の精一杯ですわ。

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