いつかサヨナラするまでは 【人と真剣に向き合おう】

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いつかサヨナラするまでは 

今日があなたと過ごす最後の日。なるべくそう思って毎日過ごせたら幸せなことかもしれない。時間がないからといって焦ったり、後悔をする必要はない。今日が最後の日だとしても、たとえ伝え足りないことがあったとしても最後は訪れる。今日はそんなお話です。

自分が選択できることは限りなくゼロ

容姿、家柄、家族構成、社会的地位、職業、年収、結婚相手、子供。自分で選択できることは非常に少ない。一見自分が選んだと思っていても、本当にそうでしょうか。今の仕事だって、配偶者だって、子供だって自分で本当に選んだんですか?多少は影響することはできたとしても自分で完全に選択したとはいえない。スーパーで大根を買うのとは訳が違う。多少の好みや頑張りで道を選んでいる気になることはあるが、本当に自分だけの力で選んでいるかといえばそんなことはない。すべての結果に縁、運、血筋、環境、など自分がコントロールできない力が及んでいる

自分がコントロールできない人生だとしても

自分の人生に対してコントロールできないことばかりだとしても悲観する必要は無い。あきらめて自暴自棄になったり、「どうせ変わらないし」と思う必要は無い。誰しもそうなのだ。隣人、同僚、上司、社長、隣人、さっきコンビでレジをしてくれた人、全員そうなのだ。それでも人生をエンジョイしている人とそうでは無い人がいる。どうしてだろう。私もエンジョイしている時間とそうではない時間がある。その比率でいくと半々くらいかと思っているが、時にはエンジョイできない時間が9割以上を占めるときもある。そんなときに輝いている人をうらやんだりしてまた自分が嫌いになったりしてしまう。いったいどういうことを心がければ良いのだろうか。

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人生を豊かにするために行うたったの3つのこと

自分が自分自身の人生に影響を与えられることは少ないとしても、他人と比べてみじめに思えたとしても心がけるべき3つの点がある。偉そうに言っているわりには私自身も毎日徹底はできていないが、ふとしたときに心がけることで心が楽になり、「自分の人生も悪くない」と不思議と思えるのだ。

その1.今日1日だけ人と真剣に付き合う

 一番身近な人である夫、妻、子供、親、親戚と真剣に付き合う。毎日とか永遠にというわけではない。たった1日だけ真剣に付き合ってみよう。いつか連絡しようではなく、連絡しようと思ったときにすぐ連絡をする。顔が浮かんだらメールだけでもしてみる。一番身近な人だって未来永劫一緒にいるわけではないし、いつ死ぬかもわからない。あなたは今日、たった今死ぬかもしれない。子供が不慮の事故で帰宅したらいないかもしれない。親が急に病気になって意識不明になるかもしれない。すべてドラマやテレビだけの世界ではない。現実だ。誰もが死ぬ。いつ死ぬかは選べない。選んではいけない。あなたにもっとも影響を与えている身近な人。1分、1時間、1日、確実に死は迫ってくる。悠長に構えている時間はないんだ。相手との時間を犠牲にして見るテレビ番組がありますか?喧嘩をしたまま死に別れていいんですか?たとえ突然の別れが訪れても悲しむ必要はない。今日1日真剣に向き合った。そのことで救われるはずだから。たとえ伝えたいことを全部伝えられなくてもいい。ありがとうと言えなかったとしてもいい。そばにいて真剣に相手と付き合ったこと。その積み重ねを毎日したこと。それだけでいいのだ。身近な人でこれができたら次の狭いコミュニティに広げていく。会社の人、同じ都道府県、市町村の人、そして一瞬だけの付き合いのお店の店員まで。仲良くなる必要はない。真剣に付き合うだけだ。真剣に付き合うということがどういうことかは人それぞれでいい。私だったら失礼なことをしない、礼儀を守る、不快なまま終わらない、縁に感謝することくらいに考えている。

その2.できる範囲に限って努力しあきらめる

スポーツだろうが、ビジネスの世界だろうがすごい人はいる。隣の家の人だって企業してすごく活躍しているかもしれない。ニートでも投資で大金持ちの人もいる。上を見たらきりがないし、自分と比較すると自分のダメさ加減を考えていやになってしまう。下はどうだろう。自分よりも出来が悪い人、能力が低い人、使えない人。書いているだけで嫌な気持ちになるが、相手を評価できるほど自分はすごいのか?と思ってしまうのではないだろうか。そうではないとしても相手を蔑んで「自分より下」と思ってしまう心は実に寂しい。今はそうかもしれない。だけどあなたが急に病気になったり社会で満足に働けなくなったらどうだろう。あなたの中での序列は瞬く間に崩れさる。蔑んでいた人たちが払ってくれた税金で補助を受けて生活をするかもしれない。だから上だろうが、下だろうが人と比較するほどつまらないことはない。自分の与えられた環境、自分では選びようが無い環境をまず受け入れる。そして「自分なりに」ベストを尽くす。それだけでいい。このブログを立ち上げたのもそういった私の気持ちが後押しをしてくれたからである。誰もがもがき苦しみ、ストレスをかかえコンプレックスもある。生きることが苦行に思えてくる。それでも生きたい、より良く生きたい。そう思うから日々生きていると信じている。「自分なりにベストを尽くして人生をプラスにする」という気持ちを律して強く思い続ける讃歌として引き続き書いていくつもりでブログをはじめた。すこし脱線したが、自分なりにがんばってあとはあきらめる。なるようにしかならないと思う。それだけだ。周りに影響を与えたいとか、認められたいとか、他人の評価を絡めてはいけない。そんなものは時代の流れや時の権力者によってコロコロ変わるものだ。あくまで自分。人に迷惑をかけない範囲で自分にとってのベストな日を増やしていこう。

その3.どんな境遇だろうと先祖に感謝する

毎日神に祈りを捧げるほど大げさなことは必要ない。私は無宗教だし信仰はない。それでも唯一感謝を日々伝えなければと思っているのが先祖だ。自分が今の環境にいるのも先祖のおかげ。私の祖父は戦争へいった。今でもいうのは「たくさん仲間は死んだ。私は運で生かされているだけだ」という言葉。父は仕事を辞めた。血尿を出すほど働き、湿疹や頭痛に悩まされながらも最後はいい地位と職についた。祖父が生きのび、誰かが死んだ。祖父が生きて結婚して母が生また。もうれつサラリーマンだった父と結婚し、自分が生まれた。親や先祖を恨んではいけない。自分がどんな容姿だろうと、どんな家庭環境だろうと、軋轢があったとしても、心の最も深い部分で恨んでは行けない。嫌いになってもいい。反面教師にしてもいい。それでも恨んではいけない。その恨みは自分だ。自分にかえってくる。先祖がどうにかこうにか「運」でつないできたあなたの命。あなたは育ち、恋に落ち、結婚をした。子供を授かるかは人それぞれだけど、子供が生まれたとしたらあなたの血はまた受け継がれる。会社でおこられ、ストレスが溜まり、毎日しんどい。そんな日々が子供に受け継がれる。人類が滅亡するまでこの流れの中であなたは生きている。生かされている。だから血に感謝しよう。

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